2018年10月 9日 (火)

完全なる証明

ポアンカレ予想は宇宙の形を調べるものと言うのは数学者には違和感ある
3次元多様体は4次元で定義される。
3次元の世界に住む人には予想そのものを理解し難い
100年の難問を証明したペレルマンは偉大だ
しかし、問題を整理し具体的な問いにした先人達の努力の積み重ねがあった。
今度も色々な発見があった。
ケーニヒスベルクの橋を一筆書きできない理由。
第五公理 平行線は交わらない
確かにたった
ラッセルの反応
ソ連で数学の自由な研究のために、多くの人が努力した事
普通の感覚、理想を尊重しつつ現実と折り合いをつける
不条理の集まり、理想とは相容れない
数学は条理の集まり、理想を実現している
ペレルマンが生きづらい世界
生身の人間が理想を語る事の難しさ
自分の信念で生きようとすれば、世間の中では生きられない

数学者も数学が発展すれば、自分の事はどうでも良いとか考えない
完全なる証明
マーシャ・ガッセン

ご冗談でしょう、ファイマンさん

前から読んで見たかった本だが、読んんで良かった。ファイマンは人生を肯定的に捉え前向きに挑戦する人。ノーベル賞受賞に至るエピソードは無く、受賞を避けたい、迷惑と考えている。権威やポストでは無く、真実追求を人生の目的にしている。
ノーベル賞のエピソードがなくても面白いエピソードがてんこ盛りで1人の人間がよくもまあこんなに色々出来るものだと感心しきり。
ブラジルの科学教育。教科書を暗記する事に汲々とし実際の体験をしない。
数学も実際の体験から生まれると言う。体験しないと本物は生まれない。
金庫破りで出荷時の番号を変えない大佐の話はなるほど。ファイマンを持ってしても難しく考えがち
それにしても、最高秘密のコピーが、大佐の部屋にあり、金庫の番号は初期状態のままとは。その番号を簡単に見破った人の秘訣を知りたくて、親しくなるためにする努力は凄い。
でも、出荷時のパスワードを変える人は少ないか?特に仕事では?
ファイマンは才能があり、自分の頭で考えられる。そして努力を怠らない人
音楽、絵画何でも自分でやる人、自分で出来る人。手を抜かない人
7%の誤差は真理発見のプロセスが生き生きと記述されていておもしろかった。
カーゴ・カルト・サイエンス エセ科学 への批判 真実追求への真摯な態度
ファイマン量子力学、解説の波の例えは良かった
ファイマンの信条は他人のことは気にしない。これも素晴らしい。
ノーベル賞受賞を本当に嫌がっているのが良く分かった。型にはまった見方をされたくない。自分の生き方に自信がある。人生の素晴らしさを教えてくれる一冊

終わった人

定年を迎えると、会社の中で全く期待されなくなる。組織から離れるとメールや雑務は無くなる。どんな秀才もどんな 美人も着地点は人生の大差無いと言う。それは多分、ほとんどの人は一所懸命生きているからと思う。結局、努力を怠らない人については他人の評価も職業の種類や地位には無関係なのだろう。秀才や美人ほど同窓会に出ないのは、錦を飾れなかった所以だろう。どんな生き方をしようと生きて墓場に行く人は居ない。無になる事に例外は無い。60台は体力、気力そして知力もある。しかし70台になれば、物理的な限界が来ることが分かっている年代でもある。ひと昔前は嫁姑の問題が大きかった。今でも大きいが核家族化で夫婦の問題が発生している。苦は絶えないと言うことか?
招待されなかった記念パーティーに出掛けて行った下りは秀逸で世間の見る目の変化が良く描かれていたと思う。
久里は最後まで壮介に体を開かなかった。道子が言うように女が体を開くのは、やはり理屈ではない。
夫婦の在り方についても主人公が選んだ卒婚を俺も選ぶのだろうか?
サラリーマンとして成仏出来ないから定年後も仕事をすると言う発想は面白い。
それにしてもリタイアして500万円の年収は大きい。小説として面白かったが、それ以上に身につまされる題材だった。

内館牧子
講談社

数学するヒント

数学は人間の営みから生まれるものであり、方程式の積み上げで出来たものではないと言う主張が良かった。数学に対する見方をみじかなものにしてくれる。それにしても、わたしが教わった教師達は何故、まず方程式あり、の教え方をしたのだろう?

ジョン・A・パウロス
白楊社

2015年5月25日 (月)

キレイゴト抜きの農業論

定年退職後、農業をやるのを後押ししてくれる本だった。わたしの両親は60年から70年間も農業をしている。マイペースとは思うが、決まった休みもなく本当によく働く。農作業の方法、例えば種の蒔き方や収穫の方法については良く工夫している。また作物の生育状況をまめに記録している。しかし経営者ではない。ひたすら良い物を作るという職人気質である。そういった職人がやってこられたのは日本農業政策が守ってきたためである。競争の無い世界で生かさず殺さずといった所か。久松によれば日本の農業に今、最も必要なのは経営者である。良い経営者であれば農業は儲かると。しかし農業以外でも良い経営者でないと儲からない。有機栽培についても多くのページが割かれていた。作物の本来の能力を生かすのは有機栽培というのが主旨と思うが、本当に農薬は不要なのか?これについては更に調べる必要がある。

久松達央

新潮新書

 

 

2015年5月18日 (月)

13歳の娘に語るガロアの数学

13歳の娘に語るガロアの数学

前書きにこの本は世界で一番やさしいガロアの群論の解説書とあった。また筆者はこれまで何度か群論に挑戦し、ついに理解した。普通の人に理解できるよう自分の

娘を相手にこの本を書いた。だから俺にもガロアの数学が理解できるはずという気持ちで読み出した。高校の数学の本に5次以上の方程式は解けないのを発見したのはガロアだと書いてあった。できる事ならどうしてそうなのかをずっと知りたいと思っていた。2次、3次方程式の根については復習みたいなものだったが、群、体の概念は全く無かったので新鮮な驚きを覚えた。3歩前進2歩後退でなかなか進まなかった。対称群、正規対称群、コセット、剰余群、正規対称群があれば群の構造が2階建てになること。方程式の構造。群の位数が素数であればぐるぐる置換になること。単拡大定理。ガロア群、ガロア拡大と進み、結論である「もし、これらの群がそれぞれ素数個の順列からなるならば方程式は根号によって解けるだろう。そうでなければだめだろう」になる。5次方程式以上は正規対称群がないためべき根が無い事。しかし、べき根が無いからと言って、5次方程式をデカルト座標系にでプロットした場合、その曲線がX軸と交わらないという事では無いらしい。ガウスn次方程式は複素数の範囲内にn個の解を持つ事を証明している。体がラグランジュの頃から存在した集合である事は驚きだった。集合はカントールが発見したものだと思っていた。本書の最後に数と群に関するイメージトレーニングがあった。群と体を結びつける、位数が素数であればぐるぐる置換になり、体のなかに存在する事が保証されべき 根が求められる。こんなことを思い付くなんてガロアは凄い。

金重明

岩波書店

2015年4月 5日 (日)

夜と霧

とても大きな感動をもって読み終えた本である。恐らく生涯の中で出会うことができる最良の部類に入る本である。明日をも知れぬ命そしていつまで続くかわからない強制収容所から生還できたフランクル教授が説く人生論はとても力強い。ニーチェの言う「何故生きるかを知っているものは、ほとんど如何に生きるか、に耐えるのだ」ように未来を信じたひとが強制収容所を生き延びた。では何故いきるのか?全く拠り所を失った人々の典型的な口のきき方は「私はもはや人生から期待すべきものは何ももっていないのだ」。ここで必要なのは生命の意味につての問いの観点変更であるという。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるのかが問題でなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているのかが問題である。われわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われたものとして体験されるのである。人生は毎日毎時問いを提出し、われわれはその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである。人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果たすこと、日々の務めを行うことに対する責任を担うことに他ならないのである。

「恩讐の彼方に」の中で市九郎(了海)が青の洞門を独力で掘り続けたのと通ずると思う。またケネディの有名な演説とも共通するものがある。

ヴィクトール・E・フランクル/みすず書房

耄碌寸前

森鷗外の長男、於菟の文と最初に出会ったのは水戸市の「大人日和」とか言う雑誌に有った吉田さん(吉田石油会長)のエッセイだと思う。エッセイの中で引かれた文に興味を持った。医学者である於菟から見ると「生理的には男性よりも女性が上位にあると思っている。寿命も長く、病気への抵抗力もあり、しかも生殖機能において子孫を生み出すという絶対的な優越性をもっている」「男性は本来優秀であるがために立派な仕事を残すのではない。むしろ生物学的に劣っているので、その劣性を挽回するために仕事に打ち込むのだ。男性から仕事を除いたとき、彼は首輪を外された犬のようにみじめになる。」「男性は思春期になると女性の裸体を見ただけで精神の平衡がすべて失われ、その場で欲求を満足させなければブラストレーションが行われ、心理的に不幸になるという宿命を背負わされている。」など、

思い当たる考察が引用されていた。ただ、「なきがら陳情」は何処で読んだ覚えがある。文豪の長男としてうまれ於菟が、抑制の効いた達意の文で父のこと、日常の何気ない事、人生に対する考え方を書いている。抑制は効いているが血の温もりを感じる。父への深い尊敬と文豪の家族、日常のエピソードを紹介することで文豪を世間に良く理解して貰いたいという思いが伝わる。

 

森 於菟

みすず書房

2015年1月31日 (土)

数学を変えた14の偉大な問題

円積問題、フェルマー、リーマンなど解がわかるまで2000年、数百年、かかったもの、以前として解がわからない問題がある。解がわからない問題の方が多い。今後も偉大な問題が作られて行く。1兆までは正しいがそれを超えると成り立たない例は面白い。

イアンスチュアート

数学を変えた14の偉大な問題

sbクリエティブ(株)

ライ麦ばたけでつかまえて

ヴィヘルム・シュテーケルの「未成熟なるもののしるしとは大義のために高貴なる死を求めることだ。その一方で、成熟したもののしるしととは、大義のために卑しく生きることを求めることだ」の言葉を忘れないようにしようと思う。

それにしても、17歳の少年と大人の世界の衝突の描き方はすばらしい。思春期の頃を思い出すと確かに大人の世界の何もかもが気に入らない。ホールデン・コールフィールドは大人の世界がすべてインチキに見える。そんなホールデンにも尊敬できるひとが何人かはいてアンソニー先生はその一人だ。冒頭の言葉はアンソニー先生がホールデンに忘れないで欲しいと紹介したものだ。大人の世界は地道よりも効率を本音よりも建て前を重視する世界だ。寮の生徒が飛び降り自殺をしたときアンソニー先生はその子を抱きかかえ本気で心配した。そのほかの生徒や先生は遠巻きにしていただけだ。

ホールデンはちっちゃな子が好きだ。頭のいい妹がホールデンが学校を退学になったのに気が付き、どこか遠くて行ってしまうのを察して止めようとする。そして彼の中でも何かが起こって家を出るのはやめる。

そして崖があるライ麦畑で遊んでいるこどもたちが崖から落っこちそうになったら片っ端から救ってあげるそんな仕事をしたいと思う。もちろん、ホールデンは自分が崖から落ちそうな子供であることを知っている。大人の世界をインチキとみていながら大人に相談するのはやはり大人の世界の入り口にいるからか。

そういえばクラッシクを口笛で吹く話が出てくるのはこの小説だったのを確認できてよかった。どうでもいいことだけど。

村上春樹

J・D サリンジャー

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