« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月 6日 (月)

人間失格

自分を演じるというのは誰にもある。演じる部分をなくし本当の自分を知ることは可能だろうか。人は家族や仲間の中で期待される形があり、それを演じることで自分の存在価値を確認している。それを捨て自分のために生きることができる人は真の芸術家であろうか。富、名声、権力これらに無関心で真理を求められる人も中にはいるかもしれない。道化を演じることで周囲の人との摩擦を避け、酒と薬に溺れる。余人には無い、才能に恵まれた天才の苦悩は伺いしれない。

演説会を聞きに行った人々が、公式の場では素晴らしい、内容がある講演だと言っておきながら、個人的な会話の中では、それと全く反対なことを言う。これは良く経験することである。一連の話の中で全く正反対のことを言う人がいるが、何を言いたいのかわからない。

数学には、少なくとも証明には論理の飛躍は無い。それに比べ実際の人生は論理の飛躍に満ちている世界に思われる。「走れメロス」と「人間失格」は太宰の作品であるが、そこに共通点を見出すことは可能であろうか

太宰治

青空文庫

2013年5月 1日 (水)

草枕

知に働けば角が立つ、情に竿さしゃ流される、意地を通すは窮屈だ。とかくこの世は住みにくい。と始まるこの随想は歯切れがいい。文語体で、漢字もむつかしいが論理は明快で読んでいて気持ちがいい。過去はいつの間にか浄化され、その時々の苦労は皆忘れてしまうと言った人間の特性を軽快に論じている。詩歌や絵画は俗界を超越したものであり、物事の本質なる美や真実を引き出せるのが芸術家であると論ずる。西洋と東洋の詩歌の比較も面白い。茶碗や書に対する好みも書かれている。女性論もある。それはあっさりしている。洒脱一辺倒かというとそうではなく、適度に俗なことも書いている。最後の部分の文明批判は特異な感じがする。これから戦地に赴く久一さんが乗る汽車は怪物のように描かれている。確かに自然の中の人間と汽車の中の人間を比較すれば、汽車にのっている人間はそうでない人間の何十倍もの力を持つ。そして容赦なく前へ前へと押し進める。文明は人を追い立て、人を人でなくしてしまうと批判している。この作品は漱石30歳のころのものだということであるが、漱石の鋭さを明快に示している。

夏目漱石

青空文庫

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »