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2010年1月11日 (月)

幼年期の終り

地質学的には地球年齢は46億才で1年に置き換えてみると最初の人類が誕生した(約400万年前)のは大みそかの午後6時と言われている。そして現在はキリスト生誕からわずか2千年である。0.2秒程度の時間でしかない。この小説の設定は1970年代半ばで人類が最初に宇宙に進出しようとしていた時期である。(アポロが月に着陸したのは1969年だから実際にはこの小説より早い)。

この小説が書かれたころは核戦争の脅威も高かったころである。小説ではそうした時に突如、圧倒的な知力と力を持つ宇宙人(オーバーロード)が現れ人類をコントロールする。彼らは人類に核を放棄させ、人類社会をユートピアに変える。すべてはオーバーロードの監視下におかれ、戦争や飢餓そして殺人事件などもなくなる。人類に母親の胎内にいるような安心感がもたらされる。しかし人類が次の種に変化してゆく時オーバーロードは目的を達成し静かに地球を去ってゆく。幼年期とは人類が争いに明け暮れている時期をさすものと思っていましたが、クラークの描くものは違っていた。現在の人類ではなく次の種の誕生を待つという設定である。私は人類は核や戦争をいつの日にか克服できると考えたいがクラークは、少なくともこの小説の中ではそう考えていない。

前半は面白く読めたが後半のオーバーロードの故郷の部分は退屈でした。これは私はSFに興味がないためである。しかし「われわれはどこから来てどこへゆくのか」という疑問はある。本書はそれに対するひとつの答えであると思う。また本書には科学者としてのクラークの冷静な判断と啓蒙家としてのクラークの未来への希望がある。小説の中で人類の自主性、主体性を確保した地域アテネが出てくる。小説の後半で読んでいて面白いのはこの部分でした。

未来は誰も分からない。しかし自分の人生そして大きくは人類の未来について考えを巡らせ、工夫してゆくのが人類の生き方ではないのか

アーサー・C・クラーク 著

福島正美 訳

早川書房

2010年1月 3日 (日)

あの日にドライブ

とても共感を持って読める本でした。主人公の牧村は「なぎさ銀行」のもとエリート行員。それがたった一度、上司に同意しなかったことで銀行をやめることになり、今はタクシードライバーをやっている。「なぎさ銀行」はとても閉鎖的に描かれており、カラオケは上司より下手にやる、上司より早く出勤し、遅くまで残業するのが常態化している。どの会社も、集団も組織と名のつく物には多かれ少なかれ、そういった息苦しさがある。組織と適当な距離を置かないと(これが大変難しく、うまくできる人は世渡り上手といわれる)、地雷をふんでしまうことがある。牧村の持論は「人生は偶然でなりたっている」である。人生も半ばを過ぎれば人生が自分のコントロールできない何かによって操られていることが分かる。

大学時代の恋人、恵美が離婚して戻っている実家の近くで客待ちのふりをして恵美が庭にでてくるのを待つ。そして昔と変わらぬ、いや昔以上に見えた恋人の容姿。成就せぬ恋ゆえのせつなさ、未練、悔悟、甘美な思いでがまじりあったカクテル。もしあの時、ことなった選択をしていたらというバーチャル人生は楽しい。

人は年をとるに従って選択肢が少なくなると言われる。人生は選択の連続であり、どんな選択をするかにより、今がそして将来が決まる。人がうらやむ大金を手にすることもあれば、今日の夕食にも事欠くこともある。節目の選択の時、これまでの経験や信頼できる人の助言、将来予測そして勘などあらゆるものを動員して決断を行う。しかし結論が出ずサイコロを振る時もある。良かったか悪かったかが後でわかる時もあれば永遠に分からない時もある。どうしてそういう決断をしたのかは偶然ともいえるしまた運命ともいえると思う。はっきり言えることは人間過去にも未来にも生きられないことだ。現在に生きるしかない。その現在は豊穣である。考え方ひとつで悲しくも、楽しくもなる。

この小説は青い鳥がベースになっていることは明白であるが、中年の悲哀を描いて切ないものとなっている

光文社文庫

萩原 浩 著

フリー<無料>からお金を生み出す新戦略

脱サラと言うが自分自身でお金を稼ぐことはとても大変です。たとえばオークションの場合、儲けより手間の方がずっとかかる。家庭菜園にしても(おいしさは家庭菜園の方が上かもしれませんが)かけた手間暇と結果を比べれば買ってきた方がずっと安い。収入が保証されているという点でサラリーマンは気楽な商売である。しかしネットの時代、GoogleやYahooのように設立10年足らずで世界的な企業もある。Googleにみられるようなネットでの成功はどこにあるかをこの本は解説している。

その秘密は<無料>ということ。しかも、ユーザにとってとても価値ある、魅力的なサービスが無料でごく控えめに有料なサービスも用意してある。しかし数が半端ではないためたった1%の有料顧客でも十分利益が出るようになっている。加えて、無料サービスを使用することがGoogleのマーケティングを手助けする仕掛けになって、次の利益を生み、無料のようにみえて無駄がない。

購入者にとっては商品、サービスは高いよりも安い方がいい。しかしユーザはただ安いから買うのではない。とても魅力的な商品、サービスでしかも無料だから使うのである。そして、さらに高い欲求を得るために有料の商品、サービスを購入する。有名歌手の海賊版についても触れられているが、中国では海賊版を宣伝費としてみている節があるという。確かに、どんなに無料のメディアで見ていてもお金を払ってでも実物はみたい。

また、安くみせ、購買意欲を増すような仕掛けについても触れられている。初期導入はただ、メンテナンスは有料、規模が一定以下の場合はただ、それを越すと有料にするなど。この本ではあまり触れられていないと思うが購入するかどうかは感情も決定的な要素であると思う。信頼できる売り手の商品は多少高くても購入する(安心という付加価値があるから)、購入することにより社会貢献しているなど自分を高めてくれるものにもお金を出すだろう

この本にはマズローの欲求の段階の話が出てくるが、やはり人情の機微を理解していないと商売はうまくゆかない。「損して得取れ」とかいわれるが、ネットになっても道具が増えただけで商売の本質は変わらない。

クリス・アンダーソン著

小林弘人 監修・解説

高橋則明 訳

NHK出版

子供が育つ条件

子育ての難しさ(自分の考えた通りに子供がそだたないこと)を経験した親としてどのようにしたら「子供が育つ」のか知りたくて本書を手にしました。もちろん自分の考えた通りに子供を育てたいという下心を持って読みました。

本書の結論は子供は子ども自身が育つように育つ。親が言うように育つのではなく、子ども自身がどう育つか決めている。では親は何もしなくて良いかというともちろんそんなことはなくて子供を見守り、最も身近な存在として親自身も充実した生活を送ることにより子供が安心して育つ。

人は周りの人を観察しそれを取り入れている。自分が良いと思い、実現可能と判断したアイディアは積極的に取り入れる。なんやかんやと小言を言われてすることは全く身が入らない。これは子供に限ったことではなく大人でも同じである。

自分の思い通りにゆかないもの(子供)と関わることにより大人も成長する。会社の仕事だけが人生ではないことを知る。まだまだ、会社に長時間いることが仕事をしていることと評価を受けることがあるが、成熟した社会とは言えない。

とかく、早く早く、効率、効率といわれるがスローでとかく非効率な家事を大切にすることが人間の生き甲斐、充足感にとって必要である。本書ではオランダの例が述べられおり、家事を大切にしているという。また過労死の見方も面白い。日本の女性は男性よりも仕事時間は長いが過労死はない。これは仕事だけでなく家事もこなしている。つまり多様な仕事をしているからだという。1つの仕事だけすることは結局非効率で追い詰められて自殺してしまうこともある。

さて、自分自身の子育てを振り返ってみて、子どもの意思を尊重しないとだめなことはよくわかった。決して親の言うなりにはならない。見守ることは必須であるが信頼し自由に活動できる環境を整えてやることが大切であると思う。

柏木恵子 著

岩波新書

放浪の天才数学者エルディシュ

これまで、読んだ数学の啓蒙書のなかで何度となくエルディシュが登場してきた。どんな数学者であったろうと思いこの本を手にしました。予想にたがわぬ天才で精力的で変人でした。しかしとても愛すべき人物という印象を持ちました。とてもオープンで共同執筆の論文がとても多い。論文数は1000を超えオイラーに次ぐ。またその質は大変高く重要なものばかりだという。この本の中でエルディシュがフェルマーの最終定理を証明したワイルズがその研究経過を7年間発表しなかったことに腹を立てたとうエピソードがある。エルディシュが言うように共同で仕事を進めればもっと早く解決できたかもしれない、ワイルズの証明を理解できた数学者は1%に満たないことやワイルズの性格を考えればいたしかたないことのように思える。数学界にとどまらずエルディシュのように博愛に満ちた人は少ない。しかしそうした奇特な人がいるから、世の中は成り立っているものと思う。

オイラーはフェルマーの最終定理でN=3を証明したがそれ以外は失敗した。ガウスはフェルマーの最終定理に興味を示さなかったという。しかし完全主義者のガウスは研究していることを発表をしなかっただけかもしれない。数学の完全性は数学の定理だけでは証明できないというゲーデルの理論は面白い。また超越数は無限にあるがeとπが超越数であることを証明するのに数百年を要しているとうのも興味深い。

数学者の頭の構造はやはり普通の人とは違う。エルディシュは3歳で3桁の暗算ができ4歳で負の数を発見したという。オイラーにしろガウスにしろその計算能力は全く桁はずれで、だからこそ数学者になりえた。この本では他にカントールやリーマンなど常連も顔をだしており数学の教養書となっている。エルディシュ自身の亡くなりかたも講演中に倒れ息を引き取るという数学をするために生まれてきたような生き方でした。

ポール・ホフマン

平石律子訳

草思社

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