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2008年6月15日 (日)

部分と全体

部分と全体はハイゼンベルクがプラトンの対話篇に着想を得て、彼の友人、仕事仲間,家族などとの討論をハイゼンベルク自身の言葉でまとめたものである。量子力学がが生まれ、成長する過程で行われた討論を当事者ならではの迫力で記述したものである。ハイゼンベルク自身は部分と全体の解題をしていないが、本文のどの対話においてもハイゼンベルク自身は常に全体との調和をとりつつ個々の問題を鋭く分析していたかがわかる。

青年時代の会話は生き生きとしている。ワンダーリングが趣味であったハイゼンベルが高校時代に仲間と原子の形について話し合う場面で見えないものをどう絵に表現するか、「かぎとフック」で良いのかの討論になる。数学にも才能があったハイゼンベルクは原子核を含む原子の形については太陽系のようなモデルでなく数式として表現するのが適切だとしているのが面白いと思った。彼が理論的背景を与えたとする量子論の不確定性理論とつながる部分があるように思える。

ナチス隊員との討論も興味深い。ハイゼンベルクに深い敬意をいだいていたナチス隊員が「ドイツを作り変える必要がある」と力説したとき、ハイゼンベルクは物理世界を例にとり戒めた。相対論、量子論はニュートン力学を否定するものではない。ニュートン力学はほとんどの場面で成立するが、それでは説明しきれない部分がありそれを説明するのが相対論であり、量子論である。新しい理論は古い理論の言葉で表現できなければならない。政治においても旧来のやり方を全く否定する方法は間違っていると。キリストは現在を否定するためではなく現在の法律に従うべくここに来たと。

ボーアとの討論にも多くのページが割かれ、いかに多くの困難を乗り越えて量子論が確立していったかがわかる。

この本でハイゼンベルク自身の言葉で彼の研究がすすめられたかを知りたいと思ったがその目的は達せられたと思う。どこまで理解できたかはともかく、名だたる秀才の理論展開の明晰さには本当に感服したというのが正直な感想です。

部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話

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